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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)4450号 判決 1975年3月28日

原告 西田こと岡持光造

被告 国

訴訟代理人 曽我謙慎 山口勝司 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因一および三の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件建物を公売によつて取得すると同時に、淀川税務署長に対し所有権移転登記の嘱託を請求したと主張するので検討するに、原告が昭和三八年七月三日同署長に対して登録税として金四、五〇〇円の収入印紙を提出したことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によると、原告は右収入印紙と一諸に自己の住民票謄本をも担当係官に提出したことが認められ、右事実のみからすると、原告には右嘱託登記を請求する意思があつたのではないかと考えられないわけではない。

しかし、<証拠省略>を総合すると、原告は右同日担当係官から本件建物の売却決定通知書(<証拠省略>)の交付を受けたが、これを右収入印紙等と一諸に提出することなく所持していたこと、原告は本件建物を取得した直後に有限会社淀川製作所の社長山本信一から買戻方を懇願されたので、買受代金の二倍の代金で同会社に売戻すことを承諾し、その際建物は同会社の名義のままにしておくことを約したこと、そして後日同会社から右代金として額面五〇万円の約束手形の振出交付を受け、これを他で割引きして換金し、同会社は右手形をその後決済ずみであること、それ以来原告は本件建物の登記や現状について格別関心を払わずに数年もの間放置していたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部はたやすく措信しがたい。そして、これらの事実によれば、原告は本件建物の売戻交渉をするために、売却決定通知書を所持している必要があつたものと考えられるのみならず、現に右売戻しが成立したことから、自己のための公売による所有権移転登記を経由する必要がなくなつたので、その後も右通知書を淀川税務署長に提出しなかつたものと判断される。

ところで、税務署長が公売による権利移転の登記を嘱託するには、買受人から提出された売却決定通知書またはその謄本を添付しなければならず(国税徴収法施行令第四六条、不動産登記法第二九条本文)、これを添付しなかつた場合には右嘱託は却下される(同法第二五条第二項、第四九条)から、税務署長としては、買受人から売却決定通知書の提出がない場合には嘱託手続をとることができないのであつて(通知書謄本の添付は、買受人が紛失その他正当な事由があるため通知書を提出できないことを証明したときに限つて認められるものと解されるから、右証明がない場合も同様である。)、このような場合には未だ確定的な登記嘱託の請求があつたものと取扱うことはできないというべきである。これを本件について見るに、原告は淀川税務署長の担当係官に登録税相当の収入印紙と住民票謄本を提出したけれども、自己の都合で売卸決定通知書を所持していながら提出しなかつたことは前叙のとおりであるから、確定的な登記嘱託の請求をしたものと認めることはできない。

そうすると、淀川税務署長が本件建物について原告に対する所有権移転登記の嘱託手続をとらなかつたことは、何等違法ではないのみならず、前記認定事実からすると、原告は本件建物を有限会社淀川製作所に売戻したことによつて既にその所有権を失つたのであるから、原告には何等損害を生じていないといわなければならない。

三  原告が淀川税務署長に本件建物について原告に対し所有権移転登記をするに必要な登録税相当額の収入印紙を納付したこと、右登記の嘱託がされなかつたことは、既述のとおりである。

そこで、被告主張の供託の適否について判断するに、<証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、淀川税務署長は原告から昭和四五年一〇月二〇日登記嘱託の請求を受け、直ちに本件建物について調査をした結果、本件建物はその後第三者に売却され、その旨の所有権移転登記を経たうえ右第三者によつて取毀され、その登記簿も閉鎖されているため、もはや原告に対し所有権移転登記をすることは不能であることが判明したので、すぐに同月二八日付の書面をもつて、原告の納付した金四、五〇〇円相当の収入印紙は淀川税務署に保管しているからいつでもその還付方を請求するよう通知したが、その後原告は納付した買受代金および印紙の合計金二〇万九、五〇〇円の全額の支払方を請求して右印紙分だけの受領を拒絶し続けたので、昭和四九年一月二一日民法四九四条に基づいて現金四、五〇〇円を弁済のため適法な供託をしたことを認めることができる。従つて、被告が原告に対し負担していた金四、五〇〇円の返還債務は、履行遅滞に陥ることなく、右供託によって有効に消滅したものということができる。

四  よつて、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川正昭 青木敏行 家原朋一)

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